プロポリス

ミツバチたちはプロポリスをなぜ作るのか

 ミツバチがくれた贈り物、プロポリスといってもぴんとこない人は多いでしょう。日本にはあまりなじみのない言葉だからです。
 ミツバチの巣箱を開けると、箱の裏側や、桟などに、黒褐色のネバネバした物質が付着しています。巣の中をよくよく見ると、巣房のあちこちにも同じ物質が付着しています。
日本の養蜂家のあいだでは、これを「蜂ヤニ」と呼んでいますが、これがプロポリスなのです。
 プロポリスとはギリシア語の「プロ」つまり「前面」と、「ポリス」つまり「都市」からなり、ミツバチの都市の防衛という意味だという説、また、ラテン語で「プロ」は「支柱」という意味だから、巣の支柱に使う補強物質という意味だという説があります。
 前者は、プロポリスが使われる場所が主に巣門部が中心で、風雨や外敵からミッバチの生活を守るために出入り囗をプロポリスで塗り固めて小さくしたり、隙間を塗りつぶしたりすることが語源になっています。
 実際、プロポリスで囲まれた出入り囗は、ちょうど一匹のミツバチしか通り抜けることができません。外敵が侵入しようとすると、門番役が追い払ったり、刺針で刺したりして、防御できるようになっています。
 後者は、プロポリスが蜂ろうと混ぜられて匸果房を補強するために使われることが語源になっています。蜂ろうだけでつくられた巣房は黄色っぽい色ですが、プロポリスが混じった部分は黒っぽくなっています。巣房の崩れかけたところや割れた部分は、プロポリスで補修されて黒っぽくなっています。巣房内の凸凹をプロポリスで平らにするようなこと
もミッバチは行うのです。
 このように、プロポリスとは、使用目的からきた言葉なのです。
 でも、ミッバチの社会でのプロポリスの使用法は、これだけではありません。ミツバチ
ならではの使用法があるのです。
 そのひとつが、侵入してきた昆虫や小動物を殺してプロポリスで塗り固めてミイラ化す
ることです。
 もともとミツバチは排他性が強く、他の昆虫や動物は当然のこと、同じミツバチでも群れが違うと排除しようとします。紛れ込んだほかの群れのミツバチも、他の昆虫や動物もすぐに刺殺され、多くのミツバチによって巣の外へ運び出されます。ところが中には死骸が大きすぎて、ミツバチの力では外に運び出せないことがあります。このまま放置すれば
死骸は腐って、巣の中は雑菌が繁殖し、ミツバチたちの命にもかかわってくるでしょう。
 ところが、ミッバチはこの死骸をプロポリスで塗り固めてしまうのです。プロポリスには殺菌作用や酸化抑制作用があるために死骸は腐りませんし、抗菌作用によって無菌状態で保たれます。こうして死骸のミイラができ上がります。

 プロポリスによって、外敵が侵入しにくいように巣の構造を変えると同時に、たとえ侵入してきても、蜂のひと刺しで退治してミイラ化してしまう!この二重のチェックで外敵を防ぐことは、一群を率いるミッバチが生き延びるために必要なことですが、それにしても、この巧妙な方法をミツバチが心得ているとは、驚くべきことです。それだけ厳しい
自然状況を。ミツバチは生きてきたということなのでしょう。
 もうひとつは、女王バチの産卵に備えて巣の中をプロポリスを塗って消毒することです。
さらに、通路に厚くプロポリスを塗ってそこを通るミッバチ自身も消毒されるようなシステムがあげられます。
 ほかの動物と違って個々に生活できないミツバチは、一群一王制をとっています。所属する群れの一匹の女王バチを中心に生活が営まれているのです。女王バチがいなければ、やがて働きバチが退化した卵巣を膨らませて、なんとか産卯にこぎつきますが、これは無精卯なので雄バチしか産まれません。したがって、その群の将来はありません。
 それだけに、種の保存のために、女王バチをりっぱに育てることは働きバチの大切な課題になってきます。プロポリスの殺菌作用で、巣房を消毒し、出入りする働きバチの雑菌を除き、ミッバチ社会のために丈夫な女王を育て上げる必要があるのです。
 このように、プロポリスは単にセメントのようなものとして使われているだけでなく、殺菌剤、消毒剤としても使われ、種の保存に貢献しているのです。
 私たちの目には、無用な長物としてしか見えなかったものが、しつけミツバチには、なくてはならない大切なものだったのです。

古代から知られていたプロポリスの効用

 私たち日本人には、あまりよく知られていなかったプロポリスですが、古代人は甘味料としてのはちみつだけでなく、プロポリスにも目をつけていたことがいろいろな史料からもわかります。
 古くはメスボタミアの遺跡の碑文に、プロポリスが治療薬として使われていたという一文があります。紀元前二七〇〇年のことです。この地方は、チグリスーユーフラテスの両大河に囲まれた肥沃な土地で、早くから高度な文明が開けていたところです。
 肉体が保存されているかぎり、人は何度でも生き返ると信じられていた古代エジプトでは、プロポリスは「ムエイラ」と呼ばれ、その語源からミイラの防腐剤として使われていたことが推定されます。また、古代ローマでは、兵士が保健薬としてプロポリスを持ち歩いていたという記録があります。
 これらの地方では、プロポリスの効能を経験的に理解し、医薬や保存料として利用していたのでしょう。
 プロポリスの効能についての記述も、紀元前四、三世紀には見られます。
 そのひとつが前述の、ギリシアの哲学者アリストテレスの『動物誌』です。アリストテレスはミツバチの生態に興味を示し、透明な巣箱をつくって観察し続けました。しかし、せっかくの観察も巣の前面を黒褐色の物質で多い隠されることが多く、それ以上のくわしい観察ができませんでした。この黒褐色の物質こそプロポリスだったのです。当時この物
質は「本の涙」と呼ばれていたのですが、後になってアリストテレスはその効能に気づきます。そして、『動物誌』に、プロポリスは「皮膚病の疾患、切り傷、感染症の治療に適している」と記したのでした。
 古代ローマでは、プロポリスはなにからつくられるかの大論争が二人の学者、プリニウスとディオスクリドスのあいだで行われたという記録がありますし、詩人のベルギウス、ラテン学者のバロンらも著書に記しています。
 ローマの『博物誌』の著者、プリニウス(AD二三〜七九)は、プロポリスについて言及し、「とげなど体内に入ったものを摘出し、皮膚の腫れや硬化を和らげ、神経の痛みを鎮め、治りにくいとされている病を治すことができる」としています。
 古代社会では、プロポリスの薬効が大きな関心の的だったことがわかります。
 時代は飛んで、一一世紀のイランの哲学者アビセンナは著書に、「プロポリスは、矢や棘を抜いたあとに塗れば、自然に消毒して痛みを和らげてくれる。まれに見る性質をもっている」と記して、プロポリスの効能を説いています。
 また、南米ペルーの高地に独自の文化を開花させ、一五三九年にスペインに滅ぼされたイッカ帝国では、動植物の薬物としての効果を上手に生活に取り入れていた民族ですが、とくにプロポリスは発熱性の感染症に効く貴重な薬として、重宝していたといわれます。
 そのほか、イギリスやフランスでは、とくにT八〜一九世紀頃、プロポリスはワセリンとまぜて傷の殺菌や治療に活用され、民間療法として全盛を極めました。
 しかし、何世紀にもわたって、これだけのプロポリスの薬効を確認しながらも、残念ながら20世紀に入って西洋医学が盛んになるにつれヽ自然の産物を利用する民間療法は衰退しました。プロポリスも西洋医学の陰に隠れて忘れられてしまったのです。あのイタリアのストラディバリウスがバイオリンに塗るワニスにプロポリスを混ぜて使ったのは有名な話ですが、わずかに美術品、工芸品の保存塗料液に利用されるぐらいになってしまったのでした。
 それが、一九五〇年代に入って、西洋医学の効用と限界が論じられるにつれ、東洋医学や民間療法にスポットが当てられ、ふたたびプロポリスも人体に役立つ天然の生理活性物質として見直されることになったのです。
 古くて新しい物質、それがプロポリスです。

プロポリスの原料はなにからできているのか

 プロポリスは独特な香りがある粘り気のある物質です。
 香りは採集する植物によって異なりますが、一般には甘いはちみつのような、また、シナモンやバニラを混ぜたようなにおいがします。味はほろ苦い、ときには鋭い苦みがあります。色は、採集地域や採集時期によって違い、黄緑色、緑褐色、赤褐色から黒褐色までさまざまです。できたてのプロポリスは黄緑色をしていますが、時間がたつにつれて黒っぽくなり、黒褐色になります。かたさも、気温が低いときは固くて崩れやすく、気温が上がるにつれて柔らかく、粘着性が出てきます。
 このプロポリスは、いったいなにが原料になってつくられているのでしょう。
 それについては二つの説があります。
 ひとつはヽドイツの研究家たちが唱えた説で、ミッバチ白身の分泌物だという説です。
プロポリスを分析すると、花粉が混じっていることから、消化しきれなかった花粉のカスが、蜂ヤユとして分泌されたものだというのです。
 もうひとつは、昔からある説ですが、ミツバチが特定の樹木から集めてくるつぼみや樹皮に、ミツバチが出寸分泌物を混ぜてできた物質だというのです。
 今ではこの後者の説が正しいとされています。
 採集する樹木としてはでポプラ、マツ、カシ、ブナ、トチノキ、ヤナギ、ユーカリなどがあげられます。これらは昔から、殺菌効果をもつ樹木として知られています。この木の枝のそばに腐りやすいものを置いておくと、腐敗を遅らせることができるということが実験で確かめられてもいます。
 ミツバチ、とくにプロポリスを主として集める役割を担ったミツバチは、その樹木のことをよく知っており、木々が芽を吹く春先、および冬じたくがはじまる夏の終わり頃、日中のいちばん気温の高くなる時間帯に、ミツバチ独特の感覚器官を働かせてプロポリスの採れる樹木を探り出します。
 そしてそのエッセンスである木の芽や樹皮からしみでるヤニ (樹脂)を触覚でさがし、それを舐めて湿らせ、糸のように引っ張ってちぎり取り、後肢にある花粉バスケットに詰めて巣に戻るのです。
 巣では、花粉のように自分で花粉房に落とすことができないので、仲間の働きバチがヤ二をかきとって、それを必要な場所に運びます。こうやって採集した物質と、唾液、蜂ろうを混ぜてプロポリスをつくるというのです。
 この、プロポリス採集作業はふつう一時間から数時間かかります。花蜜を採集する場合は一回に二〇上二〇分といわれますから、かなり時間を要する作業です。それをミツバチは、ある特殊な物質をだして自分を保護しながら、粘着性のあるプロポリスを扱っていくといわれます。
 本能とはいえ、作業の厳密さには驚かされます。
 こうやってミツバチが集めたプロポリスを、人間がヘラで削り落とし、かき出します。プロポリスが固まって壊れやすい、気温の低い時期を選んでやるとうまくいきます。
 採集される量は、ひとつの巣箱から年間50〜150グラムといわれます。はちみつは条件がよいときはひとつの巣箱から100キログラム近くが採れますから、それに比べると、プロポリスの量はごく少量といえるでしょう。

 プロポリスの採集量はミツバチの品種によって多い少ないがあり、コーカシアン種やアフリカバチ化ミツバチが、積極的にたくさん集めることが知られています。
 まさに貴重品なのです。ただ、採集したばかりのプロポリスにはいろいろな不純物が含まれているので、このままでは利用できません。不純物を除き使用方法にあわせて加工して使うことになります。

プロポリスは有効成分の宝庫だ!

 プロポリスは、ミツバチが採集する樹木のエッセンスと、ミツバチ自身が分泌する物質とが混ぜ合わされてできた物質です。その成分は複雑で、地域によって、樹木によって異なります。今では、かなりの部分が分析されていますが、それでも、まだ解明しつくされていない面も多いのです。
 ドイツのキール大学薬学部のベントー・ハーブステイン博士は、多くのプロポリスを分析してつぎのような結果を発表しています。
 プロポリスの組成は、ミツバチが採集してくる樹木によって少しずつ異なりますが、一般的にはつぎのような組成配分になります。
 @樹脂、ニカワ状の物質………50〜55%
 A蜂ろう…………………………25〜35%
 B精油(エーテル油)………… 8〜10%
 C花粉(エステル類)…………5%
 Dミネラル物質…………………5%
これをさらに緇かく分析すると、
@アルコール類(シンナミルアルコール、ジメトキシペンジルアルコール)
A有機酸類(シンナミック酸、カフェー酸、フェルラ酸、ミステリン酸、安息香酸、ソルビン酸)
Bアルデヒド類(バニリン、イソバニリン)
Cフラボン類(グリシン、テクトクリシン、アカセチン、ケルセチン、ケンフェリド、ラムノシトリン、ガランギン、イサルピニン、ペクトリナリゲニン、ケルセチンジメチルエーテル)
Dフラバノン類(ビノストロビン、ピノセンブリン、サクラネチン、イソサクラネチン、ピノバンクシン、アセチルピノバンクシン)
Eスチルベン類(プテロスチルベン)
Fフェノール類(オイゲノール)

Gミネラル類(鉄、銅、亜鉛、マンガン、アルミニウム、マグネシウム、コバルト、カルシウムなど)
Hビタミン類(プロビタミンA、B群など)
 など数えきれないほどの物質からできているのです。
 この中でも、プロポリスの殺菌効果などの効能を生み出す主成分は、フラボン類、フラバノン類など20種以上からなるフラボノイドです。とくに、ポプラの樹木からプロポリスを収集すると、この中には一一種のフラボノイドが含まれているというデータもあります。ポプラを原料とするプロポリスがよいといわれるのは、それが理由です。フラボノイ
ドは植物に含まれる色素の一種で、多くは糖を含む形で存在しています。しかし、プロポリスの場合は、T殷のフラボノイドとは異なり、糖が加水分解されて、糖を含まないのが特徴なのです。つまりプロポリスのフラボノイドは良質のものというわけです。
 このフラボノイドが発見されたのは、一九世紀の後半のことです。ハンガリーのセントー・ジョージが、アスコルビン酸(ビタミンC)だけでは治らなかったいろいろな出血に対して、レモンの皮から抽出されたシリトンという物質がひじょうに効果的だったことから、
フラボノイドの発見につながったのでした。
 シリトンというのは、ヘスピリジンというフラボノイドからできています。これは毛細血管壁に作用し、ビタミンCと併用することによって、血管系の病気、ウイルス感染、リウマチなどに優れた効果を発揮することがわかりました。その結果ビタミンCに対して、シリトンはビタミンPと呼ばれるようになったのです。それと同時にフラボノイドの効用
がクローズアップされたのでした。
 この例からも分かるように、フラボノイドにはつぎのような効果があります。
 @ムコ多糖分解酵素を抑制して、コラーゲンの合成を促すので、血管壁を強くする。
 A結合組織を強くして、ウイルス感染を防ぐ。
 Bヒスタミンの遊離を防ぎ、アレルギーの症状を抑える。
 C副交感神経に作用して自律神経のバランスを整える。
 D酸化を防止して、成人病や老化のスピードを抑える。
 このフラボノイドを20種以上も含んでいるプロポリスは、この効能を見ただけでも、卓越した物質だということがいえます。